私の「気になるあの人」は、「人身取引被害者弁護団」事務局長の弁護士・皆川涼子さんです。この国にも「人身取引被害者」のために働いてくれる「弁護団」がある。なんと心強いことでしょう! その事務局長ですから超多忙であることは容易に想像できたので「無理かなぁ」と思いながらお声がけしたところ、インタビューを快諾していただきました。
人身取引被害者弁護団は2015年から活動
「人身取引被害者弁護団」は2013年3月のセミナーをきっかけに設立されました。法曹関係者に向けて行われたこのセミナーでは、国際移住機関(IOM)、当時積極的に性的人身取引被害者の救済・支援をしていたNPOのポラリスプロジェクトジャパン、また、人身売買禁止ネットワーク(JNATIP)の弁護士の吉田容子さん、外国人技能実習生の人権問題に関わる弁護士の指宿昭一さんらが、身近な事件の被害者の中に人身取引被害者がいること、また人身取引の構造や問題性を伝え、そこに参加した弁護士有志でゆるやかなネットワークができました。そして2015年に「人身取引被害者弁護団」(以下、弁護団)として活動するようになったそうです。皆川さんは15年から事務局長を務められています。
現在の弁護団のメンバーは15名。全員弁護士で、活動内容は「相談」「事件の代理(交渉や裁判の代理人)」「講師派遣」そして「相手国のカンウンターパートとの関係構築」ということです。
人身取引は国をまたぐ犯罪。だから、相手国でも関係を築く
「相手国」というのは、この弁護団が支える人身取引被害者の方は、ほとんどが外国人だからです。例えば女性保護施設に被害者が保護されると、何らかの法的支援が必要で本人が希望する場合は、帰国支援をするIOMを通して弁護団が紹介されます。こうした被害者は、裁判の始まる前や裁判中に帰国することも多く、帰国した被害者と綿密にやりとりするには、相手国の政府機関や被害者を支える民間団体との連携は欠かせません。このため、2014年にタイ、2015年にフィリピン、2018年にはカンボジアを視察に訪れ、現地の法律について学んだり、政府機関やNGOとの関係構築を行いました。これらの活動はほとんど手弁当で行っているとのことで、みなさんの情熱に感動しました。
「人身取引被害者」という自覚をもたない相談者たち
弁護団では、対象者を外国人被害者に絞っているわけではありません。皆川さん曰く、「私たちは国籍・性別かかわらず、どんな方でも人身取引被害の可能性のある方の相談を幅広く受け付けます。ただ、強調したいのは、“人身取引被害者である”という自覚をもって相談にいらっしゃる方はいません。日常のさまざまな事件、被害の中に人身取引がある。ですから、公的な相談業務に関わる方、警察など捜査機関、もちろん、私たち弁護士、検察、裁判所など法曹関係者も、もっともっと人身取引について知る必要があります」。
学生時代から一貫して追いかけてきたテーマ
話が戻りますが、2013年に行われたセミナーに皆川さんが参加したのは必然でした。というのも、皆川さんは大学に入った直後に読んだ本「買われる子どもたち:無垢の叫び」(大久保真紀著・明石書店)に衝撃を受け、在学中にはフィリピンの子どものためのシェルターを訪問したり、ストリートチルドレンの救済活動にも熱心に関わりました。卒論は「カンボジアにおける児童売買春」をテーマに調査、執筆。弁護士になってからは、日本の弁護士としてどのように人身取引問題の解決に関われるかを常に問い、実践してきたからです。
そんな皆川さんが「ようやくここまで来た」と思える判決が、今年2024年4月末に出ました。それは、2016年に群馬県の伊香保でカンボジア女性7名が強制的に売春させられた事件に関するもの。首謀者である飲食店の経営者ら男女3人に慰謝料などを求めていた訴訟の控訴審判決で、計715万円の支払いが東京高裁で確定したのです。みごと勝訴!https://news.yahoo.co.jp/articles/53d3a19d426da5dfd90c0c504d0a6332368e8cc8
包括的な法律が、より一層求められる
「人身取引被害者の訴えが、日本の司法で正面から受け入れられたことは歓迎すべきことです。一方で、これほどの年数がかかったのは残念です。(地方裁判所の)一審判決は、ずさんと言うか、被害者が売春目的で来日したと決めつけるかのような偏見にみちたものでした」と皆川さんの喜びはいまだ半分。「人身売買罪がきちんと刑事罰として適用されれば、あるいは、人身取引に関する包括的な法律(犯罪者への処罰と被害者の救済がセットになった法律)が日本にあれば、こんなに長く複雑な過程をたどらなくても済むはずです。」
法律をつくるのは国会議員ですが、その機運を生み出すのは市民の役目です。日常の中に人身取引がある。これを誰もが知ることが問題解決につながることを、私たちもこれまで以上に広めていきたいと思いました。(栗山のぞみ)